「欲しいもの?」
白い壁とカーテン、鼻につく消毒液の匂いと扉の向こうから聞こえる特有の静かなざわめき。
淡い色を所々に取り入れていても無機質な印象が残る部屋で、急遽入院することになった友人の見舞いに
来ていた日本ははいと返事を返した。
「入院中は何かと不便でしょうから。何か欲しいものがあったら持ってきます」
現在この部屋にあるのは、ベッドと備え付けの幾つかの家具と小さなテレビ。それと日本が持ってきた見舞いの果物かご。
普通なら入院時には色々と必要なものを準備してくるのだが、今回は急な話だったのでそれができなかったのだ。最低限の
日用品と着替えは院内の売店で用意したようだが、それ以外の細々としたものがないのはやはり不便だろう。
目に包帯を巻いて、それまで退屈そうにベッドに転がっていたアメリカは、日本のその言葉に目を輝かせた。(包帯で見えないが)
「じゃあハンバー・・・」
「駄目です」
予想通りの発言を言い切られる前に笑顔で一刀両断する。それにしたってなんてお約束な。好物を見舞いの品に頼むのは分かるが、
普通そこは主食ではなくて嗜好品を選ぶのではないだろうか。
それともこの方、普段ハンバーガーしか食べていないんですかね・・・と日本がアメリカの食生活を訝っていると、
先ほどの一言で飛び起きていたアメリカが不満そうに口を尖らせてごろんとベッドに寝転がる。いきなり体重をかけ
られてベッドのスプリングが悲鳴をあげた。
「欲しいものがあったら持ってくるって言ったじゃないか!」
「入院患者が何言ってるんですか。ちゃんと病院食があるでしょう?」
だってあれ薄味じゃないか、俺病人じゃないのにとアメリカがぼやいたので、入院してるのには変わりありませんと日本は
苦情を斬って捨てておいた。
確かに、アメリカの今回の入院の原因は病気ではない。では何故アメリカが入院したかというと、彼の家で作っている
映画の撮影中の事故に巻き込まれたからだった。
なんでもスタントで使う火薬の量をアメリカが勝手に増やして、その結果の爆発で吹っ飛ばされたらしい。幸いにも
怪我は打撲や軽い捻挫程度だったのだが、爆発の光を直に見てしまったアメリカが目の不調を訴えたのだ。強い
光を間近で見たのだから当然と言えば当然なのだが、慌てた周囲の者たちによって、レスキュー隊まで出動しての
入院騒動にまでなってしまったのだそうだ。
「目だって病院に着くころにはちゃんと見えるようになったんだし。検査する必要なんてないぞ!」
「上司の方から命令されたんでしょう? 万が一のことがあっては大変なんですから、ちゃんと検査は受けてください」
とはいっても、国がそう簡単に視力を損なうとは思えない。強い光を見て一時的にショック状態に陥っただけだろう。
だから今回の入院は、不健康な食生活を送るアメリカを心配した彼の上司の気配りなのだと思う。目の検査をする
ついでに全身の健康診断もするそうだからほぼ間違いない。
大体、アメリカと病院ほど似合わない組み合わせもないのだ。入院の知らせを受けた時は自分の耳を疑ったし、次
にはエイプリルフールの日にちが変わったのかと電話してきたアメリカの家の人間に訊ねてしまった。
一応友好国である自分がこれなのだから、同じように連絡が行っている各国の反応だって似たようなものだろう。一時期
一緒に暮らしていたリトアニアだって第一報では疑問符を飛ばすだろうし、ロシア辺りならそれは嬉しがるに決まっている。
日本より付き合いの長いヨーロッパの面々にだって本気で冗談だと思われる確率は高い。
ただ一国、彼を除けば。
偶々訪れていた友人にアメリカ入院の報を知らせたときのことを思い出す。あんなに慌てた様子の彼を見たのは初めて
だったかもしれない。
それでもきっと彼のことだから、面と向かって心配したなどとは言えないのだろう。それを思うと、素直に慣れないあの友
人の代わりに甘やかしてもよいかなという気分になって、日本はファストフードの代替案を出した。
「そう長いことではないと思いますから。アイスクリームくらいなら、今度一緒に持ってきますよ」
「本当かい?!有難う日本、じゃあストロベリーとバニラとチョコと・・・」
「一種類だけです、バニラでいいですね?他に欲しいものはありますか?」
延々言い続けそうなアメリカの言葉を笑顔と雰囲気で遮る。何かを察したのか、アイスの味を羅列するのをやめたアメ
リカは幾つかのものを言いあげた。テレビゲーム(却下した)、コミック(冊数制限を付けた)、おまけのように仕事の書類と
足りない分の着替え。指折り数えていたアメリカは、最後に「あと、」と言いかけて、沈黙した。
「? あと、何ですか?」
「・・・・・・いや、やっぱりいいや。気にしないでくれよ」
「そう言われると益々気になりますよ。私に持ってこられるものだったら持ってきますから」
首を横に振って会話を切り上げたアメリカに、一体どうしたのだろうと好奇心が顔を出す。褒められたことでないことは
知っているが、それでも気になるものは気になるのだ。
アメリカは困ったように口をへの字に曲げて黙り込む。彼がこんな顔をするのも、先ほどのように会話を切り上げるのも
ごく珍しいことだ。一体何を言いかけたのだろう。
引く様子のない日本にアメリカは一つ息をつくと、笑わないでくれよと前置きしていつもよりも小さい声で言った。
「・・・イギリスに会いたいなって思ったけど。でも、日本に言ったって仕方ないだろう?」
本人に言ったってどうせ無理なんだし、と拗ねたような言葉がそれに付け加えられた。
全く予想外の言葉にぽかんとしていた日本はまじまじとアメリカを見つめた。言われた言葉を反芻し、普段よりも長い
時間をかけてその意味を理解する。
途端、口元に堪え切れない笑みがこぼれてくる。我慢しきれずにくすくすと笑いだした日本にアメリカが大声を出した。
「日本!笑わないでくれって言ったじゃないか!」
「す、すいませ・・・ふふ、そういえば、貴方って年下なんでしたね。今思い出しました」
「ああもう、俺がこんなこと言ったなんてイギリスには絶対黙っててくれよ!」
自分でも子どもっぽいことを言っていた自覚はあるようで、珍しく頬を赤くしたアメリカが起き上がって日本に怒る。素直じゃ
ない子どもそのものの様子のアメリカを見て、日本は更におかしくなった。彼でもこうやって不安になることはあるのだ。
数時間前のことを思い出す。アメリカの安否を案じて泣きそうになっていた友人と、珍しく弱気になったのか会いたいと口にしたアメリカ。
まったく二人してお互いのことばかり考えていて、なんて見せつけてくれるのだか。
一通り笑い終えた日本を恨めしそうに見るアメリカに、まだ笑いが残る声で日本は分かりました、と答えた。
「アメリカさんがイギリスさんに会いたがっていたことは言いません。秘密にします」
「他の国にもだぞ?どこから漏れるかわからないんだからな!」
「分かってます。ここにいる者だけの秘密ですね」
笑顔で日本は言うと、隣に座って自分の手を握っていた友人を見た。
安堵の涙を必死に堪えて俯いていたイギリスの顔は、先ほどのアメリカよりもずっと赤く染まっていた。
(欲しいのは)
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このあと英がお菓子持ってお見舞いにくるかと。
英に会いたいって言う米と、真っ赤になって日の手掴んで俯いてる英が書きたかった。
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