「好きなひとがいるんだよ」
酔いつぶれるには程遠い量しか飲んでいない筈のアメリカがカウンターに突っ伏して言った言葉に、
酒の席を共にしていたフランスは少しだけ目を見開いて、それから「・・・ふーん?」と続きを促した。珍しくアメリカからバーに
誘われた時には愚痴でも聞かされるのかと思ったが、愚痴は愚痴でも色恋沙汰の愚痴らしい。端的にいえば恋愛相談だ。
アメリカとは彼が小さい頃からの付き合いで独立時に支援もした友好国だが、戦後に日本と親しくなって
からはそういった個人的な相談事は専ら彼の役割になっていた。だからこうして相談を持ちかけられるのは随分久しぶりで、
生意気だがかわいい弟分に頼られるのは悪い気持ちではない。あのアメリカが恋愛相談というのが面白いというのもあるが。
多分相手はイギリスか日本、高確率で前者と予測するフランスを尻目に、アメリカが顔を持ち上げて
ぽつぽつと言葉をもらす。いつまで経っても年下扱いするだの、自分を恋愛対象の
範囲に入れてないだの、向けられる好意に鈍すぎるだの、とても超大国の発言とは思えない。そこらへんにいる十九歳と同じ、
恋に悩む青少年だ。
「やっぱり、好きな相手には好きって言わなきゃ伝わらないものかな」
そう言ってらしくない溜息をつくアメリカの顔と声はひどくうんざりしていた。大方、好きなのだが自分から告白するのは癪だし、
相手が本気に取ってくれないというのが悩みなのだろう。フランスならむしろその後どうやって相手を本気にさせるかの駆け引きを
楽しむところだが、アメリカはそういう方向にはいかないらしい。
加えて相手が悪い。アメリカが好きになりそうな相手といわれて思い浮かぶのはまずイギリス、次いで日本だが、
話を聞く分ではやはりイギリスのようだ。空気を読める代表格の日本なら、今列挙されているような行動はしないだろう。
結局刷り込みは強いってことか、と呆れ半分の笑みが浮かぶ。独立してからも弟だったころとは形を変えてちょっかいを
出し続けていたアメリカだ。ちょっかいを受けている本人だけは分かっていないのだが、傍から見ていればアメリカがイギリスに好意を
持っているのは明らかだったし、それが幼いころの親愛から恋に変わっていたとしても何も不思議なことはない。
透明な琥珀色の液体が入ったグラスを傾けながら隣を窺うと、アメリカは眉間に皺を寄せて新しく何本目かのボトルを開けていた。思い人
と違って酒が入っても暴走しないのはいいが、飲み過ぎではないだろうか。
「ま、愛情表現にもいろいろあるが、やっぱ基本は言葉じゃないか?」
変な勘違いをして暴走する傾向のあるイギリスだから、曖昧な態度よりストレートに好きだとで示してやるのが一番いいだろう。
しかし、そう言うと超大国の弟分は溜息をついた。
「多分言っても冗談だと思われるよ。言っただろ?俺のことは弟ぐらいにしか思ってないんだ」
「言わなきゃいつまでも状況は変わんないだろうが。告白のその後が大事なんだよ」
「きっと避けられるね」
避けられるだろう。ありありと元弟に声をかけられて挙動不審になる腐れ縁の隣国が思い浮かぶあたり、アメリカに同情の
念を感じえない。
「あー、まあそれはそうだろうが、何だかんだ言ってもあいつお前のこと好きだからな。嫌われる可能性は低い
ってか無いわけだし、思い切って踏み出して・・・」
「・・・何言ってるんだい、フランス」
ぐいと襟首を掴まれて無理やりアメリカの方を向けられる。酔いつぶれるには程遠い量しか飲んでいない筈の
アメリカが据わった眼をしていた。
「俺が好きなのは君だよ」
音の波が鼓膜を震わせて一瞬で脳に届き、言われた意味を理解するのに十秒かかった。事態を理解した思考回路が
ゆっくりと回りだす。
好き?アメリカが?俺を?常の余裕がどこかに吹き飛んで思考が混乱の渦に巻き込まれる。ちょっと待て、コイツが好きなのは
あの乱暴な不器用海賊紳士じゃなかったのか?
アメリカはその様子をそれはつまらなさそうに見ていたが、フランスが無理やり今日一番の混乱から立ち直って言葉を
発しようとしたところで「嘘だよ」と無愛想に言って、グラスに並々と注がれたウイスキー一気に飲み干した。
ドンと乱暴にカウンターに置かれた空っぽのグラスの中で、氷がカランと白々しい音を立てた。
(作り話)
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・・・最初は普通に米→英+仏を書くつもりだったのですが。
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