ひどいことに、一緒に寝てとねだった保護者は先に眠ってしまった。
 夜の帳が降りきった部屋は暗く、明かりになるのは窓のカーテン越しに差し込む月明かりだけ。アメリカ以外に 起きているものもいない夜の空間は静かで閑かで、まるで世界に一人取り残されたような心細さを感じさせた。
 今夜は月が大きい。皓々と輝く月は夜の荒野を明るく照らし出し、暗い夜を駆逐してアメリカにささやかな視界を 与えてくれた。しかし同時に、闇で霞んだ物影に何かが潜んでいないかと疑心が駆り立てられ、どこかに怪異の 兆しがないかと怯えの種が芽吹いて行く。窓が風で軋む音に身を縮め、背後に化け物が立っているような錯覚を 必死に振り払い続けてどのくらいたったのか、一向にアメリカのもとに睡魔がやってくる気配はない。
(こわくない、こわくない)
 柔らかい毛布を口元に引き寄せて片方の手でぎゅっと握る。もう片方は隣で眠るイギリスの手を掴んでいて、 手から感じる体温と包み込む毛布の暖かさがアメリカを安心させた。赤ん坊ではないのだから一人で寝るようにイギリスは言うけれど、 甘い彼は今日のようにアメリカがねだれば仕方がないなと笑って一緒に寝てくれる。だからアメリカは懲りずに怖い話を読んで、 その度に共寝を頼んでは先にイギリスに眠られてしまうのだ。それでも懲りないのがアメリカらしいといえばアメリカらしい。
 今日読んだ話は、一人で寝ている女の人の枕もとに魔女がやってきて攫ってしまう話だった。読んでいるときはランプがあったし イギリスもいたからそこまで怖くなかったけれど、暗い中一人で起きているとものすごく怖い話のように思えてきて、すぐそこに魔女が いるような気がして、そんなもの作り話だと周囲を確かめなければ眠れなかった。
(大丈夫、いない、いない・・・)
 少しずつ毛布をずり下げて、そおっと辺りを窺う。藍色の紗幕がかかったような薄暗い空間の中で動いているのはアメリカだけで、 机の上の本もペンも当然だけれどぴくりとも動かない。風も今は凪いでいるのか、開け放している窓のカーテンも静かに佇むだけだ。
 何度目かになる、物語の中のような異常も恐怖もない確認を終えると、手は繋いだままでアメリカはもそもそと布団から這い出した。 まるで停止したような空間の中、隣で眠るイギリスの健やかな寝息が聞こえる。
アメリカとは違う色で輝く金色の髪は夜の闇の中に沈んで、若葉の色の瞳は瞼の下に隠されて見えない。アメリカの小さく狭い交流 範囲でもそうとわかるくらい童顔な顔の兄は、寝ると本当に子どものような顔になる。自分と彼との差が縮まったようで、それを見るのは 何だか楽しかった。
 だから、すやすやと気持ち良さそうに寝るイギリスを起こすのは躊躇われた。アメリカだって早く寝たい。イギリスは明日はまだ帰らないけど、 明後日には帰ってしまう。早起きしなければ一緒にいられる時間が短くなる。
 起こした体をぼふっと枕とベッドに沈め、重くなる様子のない瞼を感じながらぼんやりと考える。
 もっと大きくなったら――イギリスより背が高くなって、一人前の男になれたら、アメリカも怖い話を読んでも平気で
一人で寝れるようになるのだろうか。おやすみと就寝の挨拶を交わして別々の部屋の別々のベッドで眠る。そんな風に なるのだろうか。
 ありもしない影や只の物音にびくびくしながら眠れるのを一人でじっと待つのは辛い。でも、アメリカが一人で眠れるように なったら、イギリスは仕方ないなと言って笑うことも一緒に寝てくれることもなくなるだろう。それは嫌だ。
 ・・・やっぱり、まだ大人にならなくていい。お化けは怖いけれど、一人じゃなくてイギリスが眠ってしまわなければきっと平気だ。
 ぎゅっと力を込めた手はやっぱり大きくて、アメリカを無条件に安心させる。
 今度こそ眠れますようにと心の中で呟いて、眼を閉じる前にちょっとだけ首をのばして額にキスをした。イギリスが いい夢を見れますように、おまじないの言葉はやっぱり口に出さないで呟いた。

 止まっていた風がゆるやかにカーテンを揺らす。
 窓から差し込む月の光が、やさしく二人の眠る寝室に溶けていった。



(いい夢を見ますように)


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・・・仔メリカに夢を見過ぎな気がする自分。