その日はとても天気がよかったので、彼女は縁側で日向ぼっこをしていた。
風の冷たさが和らいで、ようやく春めいてきた日差しはぽかぽかと暖かい。こうして柱に寄りかかっていると眠たく
なってくるぐらいで、このまま午睡をするのもいいかなあと思う。まだ冬の寒さは完全に消えていないが、
人でも国でもない彼女なら風邪をひく心配もない。寒暖は感じるが影響は薄いのだ。
小さくあくびを一つして瞼を閉じる。空気は暖かくなって春の色に染まりつつあり、瞼越しに感じる日差しは昨日よりも
暖かい。もう一月もすればこの国の花でもある薄紅の花が競うように咲き誇り、艶やかに春を飾るだろう。
瞼の裏に一面の桜吹雪を描きながら彼女がうつらうつらしていると、不意に客間の方からばたばたと人が移動する
気配が伝わってきた。今この家には客人が来ていて、家の主が客間で対応していた筈だから、きっと客人が帰るのだろう。
今日は仕事の話で来ると言っていたので長く居るつもりはなかったのかもしれないが、彼女の記憶違いでなければ
訪問から既に二刻近くが立っている。漏れ聞こえてくる会話はずいぶん前に堅苦しい仕事の話から和やかな歓談に
変わっていて、きっと用が済んだ後の予想外の長居に慌てているのだろう。主も客人も予定を守ることを良しとする性格で
相手に気を使う質だから、時々こういう事態に陥ると普段の冷静さはどこへやら、子供みたいに慌てたりする。
なんとなく気をひかれて縁側から庭に降り、玄関に回って庭樹の蔭からそっと様子を覗き見る。急いで帰り支度をしたらしい
客人と主は、長居して済まないとかこちらこそお引き留めしてしまってとか、予想通りの言葉を言いながら別れの挨拶をしている
ところだった。
初めて客人がこの家に来たのは百年以上前の河童たちが去って行った日だった。彼は今でも彼女たちの姿を見ることができる
珍しい国で、主の友人だ。五十年くらい前の戦のときは主とは敵味方に分かれたが、今はまた友好な関係に戻っていて、
今日のように仕事の話をしにきては世間話で同じぐらい時間を潰している。よくうるさいと怒られるが、人間にしろ国にしろ
彼女を知覚できる相手は滅多にいないので、彼女も彼の来訪は嫌いではない。嫌いではなくなった。
今ではあまり想像がつかないが、開国してからしばらくの主はそれはもう静かに荒れていた。二百年ひきこもっていた
ところに不平等条約で外国不信になっていたところがあって、中でも開国直前に主のお兄さんと一悶着あった国――今日の客人
には負の方向に複雑な感情を持っていたから、彼が訪れてきたときは黒いものがぐるぐるしていたのだ。(主は表面に出すような
ことはしなかったから、気づいたのは長い付き合いの彼女たちぐらいだろう)
それが改善されて、作り笑顔ではない笑顔を浮かべるようになったのはここ数十年くらいである。
基本的に家から出ない彼女には、家の外で何があったのかはわからない。時間が解決したのかもしれないし、話に聞く主の
友人たちが影響を与えたのかもしれない。とりあえずわかるのは、今は主は客人を嫌っていないということだ。無論、無関心でもない。
じゃあな、と言って玄関を出て行く客人を、主がイギリスさんと名前を呼んで呼び止める。主は振り返った客人に仕事ではなく
また今度会いましょうと約束をとりつけて、もうすぐ桜が綺麗ですと付け加えた。
ならきっと、そのまた今度は一月後の春満開の頃になるに違いない。夜桜がいいよ、と聞こえない主と聞こえる客人に彼女が
言うと、今日は初めて顔を合わす客人が彼女の方を見た。にこりと微笑み返して、彼女はタタと縁側へ戻っていく。友人同士の
会話を邪魔するのは無粋なのだ。だから今日、彼女はいつものように遊び回らず縁側に居たのだ。
背後からなら夜桜見物をしてみたいという客人の声が聞こえて、主が頷く気配がした。
(また、お目にかかれますか?)
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座敷童子と日と英。なんか英日くさいですが。
日本が荒れてた話もいずれ書きたい・・・のだけどいつになるやら。
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