彼はイギリスを見るたびに、会いたくない奴に会ったとあからさまに顔を顰めて嫌な顔をする。
 イギリスも負けじと同じ顔を作って今日は災難だというフリをする。誰かが止めてくれるまで本心とは 裏腹に悪口と嫌みの応酬をして、離れたくないけれどお前の顔なんて一秒も見たくもないという 演技をしてずんずんと早足でその場を立ち去る。不愉快そうな顔が崩れないように、怒鳴る声が 弱くならないように。喧嘩の間中ずっと気を張っているから、廊下を曲がって姿が見えなくなった瞬間 その場にへたり込みそうになるのはいつものことだった。
 壁に添えた手に体重を預けて体を支え、止めていた息を吐きだす。嫌いだ。最後に言われたいつもの 言葉が頭の中で再生されて、ずきんと胸のあたりが傷んだ。
 本音を隠して嘘を言うのは辛い。国民を利する為に外交の場で思ってもいないことを尤もらしく言うなら幾らでも やってみせるが、純粋に自分の為の嘘は自分の心が折れればそこで崩れてしまう。演技は得意ではない。好意を もった相手なら尚更だ。
 好きな相手を嫌いなふりをして、嫌われるように振る舞う。この数十年ずっと周囲に対してつき続けている嘘は 今まで付いてきた嘘の中で一番つくのが辛い嘘だった。
 だが、この嘘だけは見破られるわけにいかなかった。イギリスが怒りを向けるから相手も怒りを返してくれる。 イギリスが喧嘩を売るから相手がそれを買い、怒声で構成されているが会話が成立し、顰め面だが近くで顔を見ることができる。 本心を表面に出しても返ってくるのは戸惑いと拒絶と疎ましさだけに決まっていて、それをしたら最後、避けられて 喧嘩すらできなくなるのは火を見るよりも明らかだった。
 向けられているのは好意ではない。分かっている。それでもいい、存分に憎んでくれればいい。
愛憎は紙一重だなんて空言を信じているわけではない。そうではなくて、きっと無関心には、どうでもいいものとして あの青い瞳に自分が映されることには、自分は耐えられない。
 彼と仲が悪くてよかったと思う。自分がいくら突っかかっても喧嘩を長引かせても不審に思われない。
 力が抜けそうになる膝を叱咤して、無理やり背筋を伸ばして歩き始める。まだ平気だ、と暗示をかけて 心が上げる悲鳴を聞こえないふりをする。今のイギリスにとっては胸の痛みが増すよりも、関わりが薄れることの方がずっと怖い。
(・・・ないよりはましだ)
 例えそれが、火を噴くような憎悪でも。



(ないよりはましだな)


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英→仏でも英→米でも、なんなら英→独でも。